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2007年09月12日

号外

「号外」なんてタイトルしてますけど、
安倍さん辞任の二ユースじゃないですよ。

なんと(?!)このブログが「京つう総合ランキング」の17位に
入っているじゃあーりませんか!
「なんで?何があったの?」
これが正直な感想ですが、これもひとえに皆様のおかげでございます。

まぁ、今日たまたま(?)ということなんでしょうけど(笑)、
とにかく、辛抱強く読んでいただいてます皆様方、
本当にありがとうございます。

今日も更新は夕方6時30分です。よろしかったらどうぞ。  


Posted by +0 atelier at 17:00Comments(0)

2007年09月11日

ピョロロー

とうとうモニターが映らなくなりました。
だから?って言われそうですけど、なんとも残念で。

当ブログ8月11日の記事に登場したモニター。
思えばこの約15年間、様々な映像を届けてくれたのでした。

若人の皆さん、知ってますか?
昔はネットにつなぐのも、のんびりしたもので、
画面で「接続」ボタンを押すと、子ども用弁当箱くらいのモデムから
「ピーガーヒョロロー、ピョロロー」
なんて音がして、ちゃんと接続するか毎回ドキドキしたものです。

そうしてやっと表示された様々な画面に一喜一憂し、
ホントにつながってるんだ、なんて幻想を見せてくれました。

うちわであおいで冷ましたり、電源を切ってしばらく置いてみたりと
色々やってみますが、もともとスピーカーなんてないモニター。
うんともすんとも言いません。
「おい、どうしたんや・・・」

最後の瞬間、プツンと小さな声を残して、
それっきり、二度と立ち上がることはありませんでした。
お疲れさま。今までありがとう。
ついつい心の中で、そんなふうなことを呟いてしまいました。

え?じゃあこの記事はどうやって書いてるのかって?

へへへ、その昔、お世話になった方から不要になったパソコンと一緒にもらったものを
ちゃーんととっておいたのさっ!
これで10年はいけるぜ!

(取り外されたモニター。なんとなくさみしい。)
  


Posted by +0 atelier at 18:30Comments(0)

2007年09月10日

ムーア

マイケル・ムーアの映画「シッコ」を観たという人がいて、感想はというと、
なかなかおもしろかったそうですよ。
今のところ私は観に行く予定がなくて、例によってDVDを待とうと決めているのですが、
どなたか観られた方で「いや、お勧めしますよ」なんて方がおられたら教えて下さい。

ムーア監督の映画で初めて見たのは「ボウリング・フォー・コロンバイン」。
どこまでホントなんだろうと思いつつも、衝撃的でしたね。
「華氏911」はとっても笑えたわけですが、
少し前にようやく「ロジャー&ミー」を観ました。

「ロジャー&ミー」は皆さんご存知かもしれませんが、ざっくりいうと、
アメリカの自動車メーカー「GM」がある町で工場をどんどん閉鎖し、
大量に工員を一時解雇すると、もともとその町は5分の1がGMの職員だったため、
失業率が上がり、どんどんと町が荒廃していくところから始まるドキュメント。

編集の妙というんですかね、最初は笑って観てましたが
すぐにそれが「特殊」な要因で起こる事ではないことがわかり、ドキッとします。
おもしろいですよって、話題が古すぎ!とか言われそうですね。

それにしても大企業の力ってすごい。
身の回りにはこれでもかと大企業が作ったものであふれているわけですけど、
考えを迫られるというか、そんなふうなことを感じました。

企業を人とみなす「法人」制度。
ならばその「法人」のしていることを「人並み」に精神分析すると、
「人格障害」と診断されるなんて映画がありましたね。
タイトルなんでしたっけ?

ただ、この「ロジャー&ミー」。
企業が悪いとか、誰がわるいとか、そういうふうにとれるところもありますけど、
それを超えた大きなところが出ているようにもみえます。
「シッコ」の予習としてもう一度観てみては?

(なんか人って大変なんやね。byうるめ)
  


Posted by +0 atelier at 18:30Comments(0)

2007年09月09日

過剰免疫

過剰免疫って言葉、知ってます?
私は最近知りました。
(あ、別に新しい言葉とか、そんなことじゃないですよ)

ざっくり言うと、体に入ったものが害でもなんでもないのに、
それを敵とみなして免疫能力が働き、それを攻撃する。
敵でないものまで攻撃するもんだから「過剰」免疫と言うらしいです。

例えば、スギ花粉症。
スギ花粉自体は害でもなんでもないのですが、
近年、生活環境が「清潔」になったこともあり、
力を持て余した免疫がスギ花粉を仮想敵(?)とみなし攻撃、
結果、くしゃみや鼻水が止まらなくなる。
皮肉ですね。

これを社会に置き換えて話す、おもしろい人がいました。

「過剰なセキュリティは社会を壊す」というのですが、どういうことか。

最近の、どんどんと監視カメラを付けようとする動きを指しての言葉なのですが、
つまり、子どもが学校で殺される確率と、学校の帰りに自動車事故にあう確率では、
もちろん自動車事故の確率の方が高い。
なのに、いたるところにカメラをつけようとする。
過剰な反応で生まれる弊害(くしゃみ)があるわけだから、
そのあたりもう少し冷静に分析しようとか、そんなふうなことでした。
(「豊かで複雑な、僕たちのこの世界」作品社)

じゃあ弊害って何なのかということですが、
まぁ「プライバシー問題」や「相互不信社会」といったところでしょうか。
(くしゃみどころじゃないですけど(笑)。)

現代の殺人鬼が、捕まることを前提に犯行におよぶことを思えば、
監視カメラも携帯のGPS機能も意味がないことは明らかなわけですから、
一理あるかもしれませんね。
  


Posted by +0 atelier at 18:30Comments(3)

2007年09月08日

現場


たしかこの写真、タイへ行った時のものだったと思います。
(シンガポールかな?)

海外旅行に行くと、仕事柄、当然建物をじろじろ見たり、触ったりするのですが、
建設中の現場なんかもやっぱり気になります。

たいがいは「床が薄そうだけど大丈夫かな?」とか、
「鉄筋少なそう」といった日本との「違い」にばかり目がいく。
でも「違う」のはあたりまえ。

そこでつくづく思うのは、「慣れる」ってこわいとか、そんなふうなこと。
例えばさっきの床の厚みにしても、「12センチで充分」とわかっているところを
色々な条件であえて「15センチ」になってる場合、その内もともとの12センチのことを
すっかり忘れて、何がなんでも15センチ一本やりになってしまってたりする。

それにも気付かない時は「それが普通」なんて暴力的なことを言ってしまうこともある。

あまりに自明なことなら別だとしても、
そんなものほど根拠について思いめぐらすことがなかったりするので、
何かの拍子に見つめ直すとハッとすることがある。

自分の身のまわりにある「普通」をいちいち疑ってられませんけど、
出来るだけたくさんの「普通」に潜む悪魔にひょっこりと出会いたいものです。

あれ?なんだか意味不明な記事になってしまった。
何が言いたかったんだろう。
まぁ、たまにはいっか。
  


Posted by +0 atelier at 18:30Comments(0)

2007年09月07日

HERO

映画「HERO」のPRが激しくなってますね。
キムタク演じるイケメン検事と、松たか子演じるメガネ萌え事務官の最強タッグ。
出来過ぎで私には関係ないわなんて言ってるあなた。
いえいえ、2年後にはあなたにも法廷で出会えるチャンスが来るかもよ?

そうです。2年後に導入される「裁判員制度」。
「くじ」で選ばれた一般の人が裁判官と一緒に審理するって、あれです。

選ばれる確率は「一生で1回あるかないか」ぐらいだそうですから、
一応「出会い」のチャンスは出来た訳です(笑)。

でもね、最近になってその「くじ」が純粋に「くじ」じゃないってことが
わかってきました。
くじによって選ばれた人に質問をして、その答えによっては「外される」という、
とんでもないことがされる可能性があるという、そんなふうなことです。

例えば、被告人を死刑にしたい検察側は、
「あなたは死刑制度に反対ですか?」といった質問をして、
「反対です」
なんて言っちゃうと、検察側には不利ですから、はじかれるわけです。
怖いですねー。
というか、「公正」であるべき裁判が、
「ある一定の考えをもってる人」しか参加できないなんて、
どう考えてもおかしいですよね。

「ウソついちゃえば?」はい、私も考えました。
でもバレると「刑罰」がくだされるとのこと。
またまた怖い。

他にもたくさん問題があるみたいですよ。

ちなみに法廷に真実はありません(?!)。
あそこはあくまでその犯罪が「立証」されているかどうかを審議するところ。

被害者が泣こうとも、被告人が泣こうとも、キムタクに見つめられようとも、
はたまた、松たか子にウインクされようとも、感情に流されませんように。

「推定無罪」をお忘れなく。

  


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2007年09月06日

眠くなる術

今回は、先日我が家へ来た友人の話。

友人は大のネコ好き。
このブログで我が家に猫がいる事を知り、早速、猫に会うためだけにやって来たのでした。

しかし、うちの猫はかなりの人見知り。
隠れて出てこなくなるのを防ぐために、どうしたものかと考えましたが、
特に浮かばず、せめて静かに家に入ってきてもらうことぐらいで、
後はなりゆきにまかせようと決めました。

当日、友人が静かに入ってくるも、うちの猫はすぐに友人を発見。
しばし見つめ合って、走って逃げると思いきや、縁側へゆっくりと移動。
「おや?」
その後も友人とは距離をとるものの、逃げる様子がありません。
それどころか、かなりのリラックスムードで今にも眠りそう。
しばらくすると、猫は友人との距離をゆっくりと縮め、
2時間後にはすっかりカメラのストラップで遊んでもらい、友人の傍らで眠るのでした。

何が起きたのか?

これまでのパターンとあまりに違うため、そのことを話すと、
「実は私、来た時から、目が合うたびに目をつぶるところを見せててん」
猫はその様子を見てだんだんと眠くなったのだという。
さらに、これは人間の子どもにも通用する方法とか、そんなふうなことでした。
なるほどそれで警戒心がほぐれた訳ですね。
おそるべし。

妻と私を含め、大人3人が猫をうっとり眺める、はたから見ればきっと異様な光景。
「猫らしい」仕草が出るたびに友人は、

「うおおっ、うおおっ、か、かわいっ、たまらん・・・」

と、フィギュアを眺めるオタクの様になるのでした(!?)。

(今度はいつ来てくれるのかなぁ)
  


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2007年09月05日

抜け穴

昨日の記事、読んでいただけましたでしょうか?
薬で記憶が消せるって話。

読まれた方の中には、
「兵器としての薬物利用なんて言ってるけど、たしか化学兵器禁止条約ってのが
 あるんじゃなかったっけ?」
と思われた方もおられるでしょう。
(ちなみに私はぜんぜん浮かびませんでしたが・・・)

そうなんです。ありましたね、そういうの。
記憶を消す薬は兵器じゃない(?)としても、
兵士の攻撃性を高める薬なんかが出来ても条約があるから実際には使えないのでは?

もう少し現実的な化学兵器で例えると、研究さかんといわれる「非致死性化学兵器」。
一時的に神経を麻痺させる、攻撃意欲を損なわすなど、色々研究されているようですが、
仮にこれらが実用化されるレベルまで完成されたとしても、条約があるなら・・・
ということですね。

でもね、昨日の記事のスティーヴ・ライト倫理学教授の指摘によると、
この化学兵器禁止条約、ちゃんと(?)「抜け穴」があるそうです。
それは、「治安措置などのための使用を認める」というもの。
この条項を抜け穴にして、テロ対策の名目で活用されているとか、
そんなふうなことでした。

以前このブログでも触れましたが、戦争とテロの区別がつかなくなり、
テロ(戦争)と日常の区別がつかなくなると、この非致死性の神経ガスが、
街の真ん中で(しかも政府によって)使われることになるってことになります。

死なない(非致死性)ならいいやん、なんて思ったあなた、ホントですか?
2002年、モスクワ劇場占拠事件でのロシア特殊部隊の突入では、
突入の際に使用した化学物質の名前がいまだに明らかにされておらず、
政府が犠牲者の死亡診断書に改ざんを加えた、なんて話もあるらしいですよ。

(化学兵器禁止条約は2008年に見直しされるそうです。どうなることやら。)
  


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2007年09月04日

戦争薬理学

「薬理学において実現間近な目標の一つに、記憶の消去がある」

これは英国医師会による「兵器としての薬物利用に関する報告書」に触れながら、
スティーヴ・ライトというイギリスの倫理学教授が明かしたもの。

兵士が記憶の選択的消去によって、心的外傷後ストレス障害(PTSD)から
守られるというのが、SF小説ではなく、現実の戦場で起きるだろうとか、
そんなふうなことが書かれていました。

戦争による精神的な後遺症に苦しむ兵士の数は、肉体的な苦痛にあえぐ兵士の5倍である
ということから、コスト面からもこういった研究が後押しされているみたいです。

でもね、記憶が薬で消せるって、怖くないですか?
しかも「選択的」に!

昔、恐怖心を抑え、攻撃性を高めるような薬物を携えて出陣する兵士の映画が
ありましたけど、そのうちそんなことも映画の話じゃなくなりそうですね。

実際にアメリカはイラクで、兵士の集中力を高める薬を使用しているそうです。

この「記憶の選択的消去」、PTSDにはなるほど良いかもしれませんが、
この薬によってもたらされるであろう怖い出来事を想像するのは
それほど難しくないですよね。

とにかく、こういう一線を超えてしまうような技術には慎重でありたいものです。

(バリのホテルで優雅な朝食。こんな「楽しい記憶」も消せるの?)
  


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2007年09月03日

素朴?

「大学入試の国際比較データによると、歴史で年号を聞くのは日本だけ。
 教育ヒステリーといわれる韓国ですら、そんな入試問題はない。
 先進国標準では「日米開戦は回避できたか否か、両論比較の上で判断せよ」という問題」
そんなふうなことが先日読んだ本に出ていました。
(幸福論 共生の不可能と不可避について:NHKブックス)

今の偏差値教育のおかしなところといった感じで紹介されているところを
むりやりひっぱりだしたので、この本の全体の主旨とは少しズレますが、
こうハッキリいわれると、なんともつらいですね。

「幸せな社会は不可能か?」とオビに書かれたこの本。
読むと、なんとも過激(?)な内容だなぁと感じましたが、
これから重要になるものとして、こんな事も書かれていました。

「視点」「視野」「視座」の三つ。
視点とは、どこを見るか。
視野とは、どれだけ広く見るか。
視座とは、どこから見るか。

そして大切なのは「視座」。
その社会がどれだけ異なる「視座」を獲得できているか。
そんな意見も出ていました。

じゃあ、その視座に立つのがどうしておまえなんだ、といった議論も
出てくるらしいのですが、そこはちょっと置いておいて、
素朴にわかるような気がしません?

(バリのプライベートビーチにて。)
  


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2007年09月02日

たとえ話

ある農夫が、はだしで街へやってきた。
彼は沢山のお金が手に入ったので、靴下も靴も買うことができた。
それでもお金が沢山あったので、心ゆくまでお酒をのんだが泥酔し、
道の真ん中で眠ってしまう。
そこへ通りかかる馬車。
「そこをどかないと、おまえの足をひいて通るぞ」
と、馬車の男が叫ぶ。
泥酔した農夫はおもむろに自分の足を見るが、靴下と靴のせいで、
それが自分の足とは気付かずにこう言った。
「通れ、通れ、これはおれの足じゃない」

このお話、「飲み過ぎに注意」とか「慣れない事をするな」なんてなまやさしい
たとえ話ではありません。

これはキルケゴール著「死に至る病」に出てくるたとえ話。
なーんだ、やっぱり飲み過ぎで死ぬんだぁ、なんて思ったあなた、
いえいえ、話はそんなにぬるくないみたいですよ。

キルケゴールによると「死に至る病」とは「絶望」だそうです。
そしてこのお話は、自分自身を知らず、いかなる自己をも持たない人が「絶望」し、
あげくもっと別の人になりたいと欲する「最低のパターン」(!?)の人を例えたもの。

自分の持っている自己というものを外面性だけで認識してるがゆえに、
上着を取り替えるかのごとく別の人になれると思い込んでいる。
しかし、新しい自分を新調しても、彼は外面性をみるだけで、
自分を見分ける事ができない、そんなふうなことでした。

ただひたすらに「絶望」について考察している絶望的なこの本。
絶望しすぎた時に笑える人にはおすすめします(?)。

(近江舞子にて。)
  


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2007年09月01日

つなげる。

先日、卒業した大学の研究室へ顔を出させてもらいに行きました。
ゼミ室はもちろん懐かしかったのですが、さらに懐かしかったのが「製図室」。
皆で夜通し図面を描いたり、模型を作ったりしていたことを思い出しました。

で、その製図室に、今の学生の物とおぼしき模型が沢山並べられています。
そこで思ったのが、私たちの頃と違って、随分自由な形のものが多いなぁということ。
聞くと、卒業制作もCADやCGが普通だそうです。
こういう事を書くと、若い方に「前世紀的な人」扱いされるのでしょうけど、
なんとも夢のある模型でした。

この話を以前勤めていた事務所の先輩に話すと、
夢のありすぎる計画が実際にあったよ、ということを教えていただきました。
その計画とは宇宙ステーションと地上をエレベーターでつなぐというもの。

建物を宇宙まで構築するのではなく、ロープ状のものでつなげ、
それにエレベーターをからませるとか、そんなふうなことを、あるエレベーター会社が
本気で考えていたそうです。

うーん。ここまでくると建築ではなく、NASAのお仕事ですね。

  


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