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Posted by 京つう運営事務局 at

2007年10月08日

悪戦苦闘

だれがブレンディーコーヒーって?
タイトル通り悪戦苦闘中です。

なんのこと?という方は昨日の記事をご覧ください。

さて、学生時代に買ったMacを分解し、ハードを載せ変え、
今CPU(G4)を突き刺したところです。
気がつけば床に細かい部品が転がっています。

不安。

とりあえずこのまま作業を続けますが、
今日中に再更新がなければ
「あぁダメだったんですね」と、
そんなふうなことでお願いします。

それにしてもおもしろい。
夢中です。
ちゃんと写真も撮っておきますのでおたのしみ。なわけないか。  


Posted by +0 atelier at 18:30Comments(0)

2007年10月07日

運動会

昨日は更新できませんでした。
見にきてくださった方、がっかりさせてごめんなさい。
(え?期待してないって?)

で、今日はというと先週雨天順延となった町内運動会でした。
うちの町内は総合で8位。(前20チーム中)
ですが、大縄跳びはダントツで1位でした。

といっても私は本部の雑用を言い渡されており、
ひたすら各レースの順位を確認・記録していたのでした。

疲れた〜。
今とりあえずビールを飲みながらタイプしております。
それにしても皆さんお元気。
50代、60代の人がグランドをすたすたと走り回る光景は圧巻です。
私はきっと、あんなふうにはなれないなと、そんなふうなことをしきりに感じました。

さて、明日からはまたいつも通り更新していこうと思います。
ちなみに明日はPower Mac 8500でMac OS Xを走らせるという、
壮大な(?)計画をしております。
(ちょっとマニアックかな?わかる人にはわかるということで・・・)
どうなりますことやら。
うまく行けば記事にします。
でも意外に簡単すぎましたね、なんてブレンディーコーヒーのCMみたいになったら、
その時はそのときで。

ではでは、また明日からもよろしくお願いいたします。
  


Posted by +0 atelier at 18:30Comments(2)

2007年10月05日

あえて隠す

1999年頃のこと、、コム デ ギャルソンのショップがどんどんリニューアルされました。
女性の方はなんとなく覚えているのかな?

それまでどんなお店でも、入ればすぐに服と対面するのが普通で、
もちろん今もそれが普通なのですが、
この頃リニューアルされたコム デ ギャルソンのショップは、
お店に入ってもすぐには服が見つからない。

お客さんは、巨大な壁やブースをめぐりながら、商品を探すように見てまわります。

「あえて服を隠すことによって、お客は自ら動いて服を探しにいく。
 そのとき次に何が出てくるかわからない緊張感のようなものが
 あったほうがいいわけです」(川久保 玲 AXIS No.79より)

実際に私も青山のショップに行ってみたのですが、空間を扱うものとしては、
やっぱり斬新なものを感じました。

このコンセプトは始め、看板もウィンドウもなく、
ただドアがあるだけのショップをニューヨークでつくり、告知も宣伝もしないのに、
けっこう人が入ったことに手応えを感じて進められとか、そんなふうなことでした。

それにしても勇気がありますね。
まさに「サービス」の真逆のような発想。
いや、これこそがサービスなのかな?
  


Posted by +0 atelier at 18:30Comments(0)

2007年10月04日

不安要素

「何であれうまくいかない可能性があれば、それはうまくいかない」
(コミック「アップルシード」より)

何かしら不安要素があれば必ず失敗してしまう。
でも完璧なプランなんてないですよね。
じゃあ何やってもダメってこと?

これ、マーフィーの法則って言うそうです。
もともとは
“If it can happen, it will happen.”
(起こる可能性のあることは、いつか実際に起こる。)
だそうです。

航空研究所に勤めていたエンジニアのマーフィー大尉の名前からきているそうですけど、
エンジニアの世界では結構有名だそうです。

ということは、どんな研究にせよ、実験にせよ、
万全を期してのぞめって、そんなふうなことですかね。

それにしてもなんだか嫌な法則ですね。
でも心配しないで。
あくまで「経験則」だそうですから。
  


Posted by +0 atelier at 18:30Comments(0)

2007年10月03日

多数決

先日、行政(いや、裁判所かな?)が作った裁判員制度のPRビデオをテレビで見ました。

テレビ側で抜粋したシーンだけでしたが、
登場した裁判官が、一般の人から選ばれた裁判員にこんなセリフを言ってました。

「われわれの一票の重さは皆同じです」

最後に決める時は多数決なんだからあたりまえやん、と思ったあなた、
いえいえ、どうも違うみたいですよ。

約2年後に導入される裁判員制度。
普通の裁判3人と、一般の人から選ばれた裁判6人の、
合計9人で、話し合い、有罪/無罪や量刑などを決めます。
日本ではこれを9人の「多数決」で決めます。

ですがこの多数決、最低一人は裁判が賛成していないと適用されないというのです。

つまり一般の人から選ばれた裁判員だけが無罪(あるいは有罪)に手を上げても、
認められません。

ね、裁判官と裁判員の一票の重さは違うでしょ?
これって多数決っていうのかなぁ。
「じゃあ、やる意味ないやん」って、単純にそんなふうなこと思いません?

逆にその方がいいよという意見もあります。理由はこうです。
それくらいにしておかないと、今の日本人のレベルでは、事件の難しい内容も
理解できないだろうし、感情に流されて、めんどくさがって、なんでもかんでも
死刑判決になったら困る、というもの。

でもね、それだったらそれで、やっぱりやる意味ないよね。

(手を上げてみましたが、意味無し! 9月7日の記事も読んでね!)
  


Posted by +0 atelier at 18:30Comments(0)

2007年10月02日

スクラップ

確か学生の頃、いや、働きだした頃だったかな。
京都国立近代美術館で、クシュシトフ・ウディチコという人の
「ホームレス・ヴィークル」という作品を見ました。

スーパーマーケットのカートを改造した感じで、
ホームレスのための単身用手押し居住車といったところ。
もちろん社会的な問題を視野に入れた芸術作品なわけですが、なんとも不思議な作品です。

実際に横になって寝るスペースが出来る様に変形したり、
最低限の物を入れておくようなかごがあったりというもので、
写真をお見せ出来れば良いのですが、
ちょっと検索しただけでは見つかりませんでした。(ごめんなさい)

で、クシュシトフ・ウディチコは、いわば街路のゴミとなったショッピング・カートを、
メッセージをこめて創造的につくり変えたこの作品についてこんな事を語っています。

ホームレスがこの不思議なヴィークルを押しているのを見つけて、
新しい物を常に消費しようとする中産階級が話しかけます。
コミュニケートするものの、どうやらこれは自分たちのものではないとわかってくる。
しかしその時にはすでに、目の前のホームレスはゴミのような「何でもない者」ではない。
むしろ自分にあった特製のツールを持つ、れっきとした労働者となっている。

少し要約しましたが、ズレてはいないと思います。
(「歴史の天使のような目撃者」Inter Communication No.29より)

なんだかユーモアとアイロニーと温かみとその他もろもろが詰まった、
そんなふうなことを感じません?

インタビューの中で語られていたのですが、
逆にインタビュアーがベンヤミンのこんな言葉を引き合いに出していました。

『彼は、思想家を「スクラップの収集家」だと言っていた』

スクラップ(ゴミ)を見慣れない形に変え、そこからコミュニケーションへとつなぐ。
なんとも深い引用ですね。
  


Posted by +0 atelier at 18:30Comments(0)

2007年10月01日

102

どうでもいいとはいいながら、何かやっぱり書きたいのでお許し下さい。

今、気付きましたが、いつの間にかこのブログの記事の総数が100を超えていました。
この記事で102件目です。

くやしー!「100件目達成!」の記事を書きたかった。

くだらない?たしかに皆さんにはそうかも。
でもね、そこは「ブログ」なんですから、ちょっとはワタクシゴトを・・・。

ちなみに100件目の記事は「解釈」でした。
お、記念すべき100件目に国連決議文のリンクを貼ってるとこなんか、
まじめだねぇと自画自賛。

でも妻は最近、「ネコの写真ばっかりやん。なんだかなぁ」と呟きます。
たしかに。
  


Posted by +0 atelier at 18:30Comments(0)