京つう

  住まい・建築  |  右京区

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2007年07月19日

特殊な教育

吹き抜けを見て何を思いますか?
「広い、大きい、きもちいい」
こんな感じ?

でもそれが、何処のどんな吹き抜けでも感想は
意外と同じって思いません?
家、お店、駅、公共施設、とにかく吹き抜けと出会ったら
「広い、大きい、きもちいい」。

形も大きさもまるで違うはずの吹き抜けですが
感じることが同じって不思議じゃありませんか?

もしかして吹き抜けを「感じて」いるのではなくて、
吹き抜けであることを「確認」しているだけかも。

けれど空間(吹き抜け)を「感じる」というのは意外と難しい。
これについて以前、妻と激論した結果、上手いことを言ってくれた。

「空間」を「空気感」にかえてみたら?

形体ではなく、そこから生まれる目に見えない「空気感」を読む。
うーむ、なるほど。と同時に思い出した言葉。

「僕が音楽に魅せられる理由の一つは、
 それが音でできているにもかかわらず、
 沈黙までも含みこんでいるからだ」

音楽は特殊な教育が必要というE.W.サイードが
単に「音楽」について語った時の言葉ですが、
サイードだけにどこか深く、違う意味にもとれそうですね。

音楽は近づきやすく、けれど理解されない芸術という文脈で
そんなふうなことを語っていたような。

「沈黙」と「空気」がつながって思い出したのかな。
いずれにせよ、建築も、空間を「感じる」ための特殊な教育が必要なのかも?

「吹き抜け」



Posted by +0 atelier at 18:30│Comments(2)
この記事へのコメント
吹き抜け、たしかに不思議な感じがします。

京都駅のビルなんかは、すごく大きいな~と感じることがあります。

高いな~大きいな~っていうことを感じているんだけれど、吹き抜けっていうのは、空間を区切ることで成り立っているんですよね。

普通に空を見上げるほうが、よほど大きくと広いわけですが。
Posted by りっく at 2009年11月27日 19:34
りっくさんこんばんは。
ホントですね、空を見上げた方が広くて大きい(笑)!
でも吹き抜けは区切られていてもなぜか「大きい」。
うーん、そんなふうに考えたことはありませんでした。
どうせ同じ「大きい」なら、吹き抜けから直接「空(そら)」を「感じ」られたらもっと素敵なんですけどね。
あ、たとえば「空」というだけでなんでもいいんですが(笑)。
ではでは。
Posted by +0 atelier at 2009年11月28日 22:01
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