京つう

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2007年07月23日

息をとめて

「電のヴァリエーション」

これ何のタイトルか知ってます?
正解は、書家 比田井南谷(ヒダイ ナンコク)の作品のタイトルでした。
その世界で知らない人はもぐり(?)という高名な方なのですが、
えー、そんなん知ってる訳ないわぁという声がここまで来そう。
ですよね、たしかに「書」はマイナーな世界かも。

でも「電のヴァリエーション」とは書らしからぬタイトル。
いわば前衛書で、いや現代書?墨象ともいう?言い方はよくわかりませんが、
この作品から、戦後、書の前衛運動の口火が切られたと、
「現代の書芸術ー墨象の世界」(淡交社)に出ていました。

この本是非じっくりと読んで(見て?)みてください。
比べたらアカンとはいえ、最近テレビなんかでたまにやってる
「ちょっとかわった書」みたいなのがとたんに色あせてみえますから。
なんてね。

で、この本の中でおもしろいことを言ってる人がいる。

「制約や拘束のない自由はない。
 それを避け、そこから逃げ出すのでなく、
 その矛盾対立のなかで苦しみ抜く。
 その極限において内からはじけ、底が抜けて、
 内と外とを分けていた枠組が脱げ落ちる。
 内もなく外もなく、内外一つになる。」

「底が抜けて」に一種の開放感(無の境地?)が感じられると思いませんか?
この言葉は書家 森田子龍(モリタ シリュウ)のもの。

建築の世界では、よく概念的に内と外が論じられる。
「外部を内部に取り込んでいる」とか、そんなふうなことです。

でもたいがい、単に窓から景色が見える程度のことだったりする。

そんな中にあって、書の世界では「内も外もなく一つ」の作品が探求されている。
今は亡き森田氏にとって、内と外が何を意味するところかはわかりませんが、
書の世界を超えた言葉のように思えます。

「静かな、うるおいのある空間。厚みと奥行きのある白」

1971年の作品「樹」のページに添えられていた同氏の言葉ですが、
やはり建築が見え隠れしているような。

え?なんで1971年の言葉なのかって?
へへへ、私の生まれた年なのさっ!(あつかましいっ!)

(photo by うるめもどき)



Posted by +0 atelier at 18:30│Comments(0)
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