京つう

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2007年11月27日

食べる?

ちょっと怖いというか、複雑なおはなし。
知ってる人もいるかな?

1972年、南米のサッカーチームを乗せた飛行機が
アンデス山脈に墜落。
食料のない雪山で生き残った乗客たちはどうしたと思いますか?

実は、死んでいった人の肉を食べて、結局何人かは生還したそうです。

ううっ。

で、生きるためとはいえ、人を食べるというショッキングなこの事件に大騒ぎ。

結局、先に死んでいく人たちが、

「自分が死んだら食べて」

と言ったとかいう話が美談にもなっておさまったとか、
そんなふうなことでした。
(「人を食った世界劇場」高山宏より)

生きるってなんなんですかね。

皆さんならどうします?
って、考えたくもないですね(笑)。


キリストは最後の晩餐で言いました。

「きみたち、私の体をパンとし、わが血を葡萄酒として飲みなさい」

いえ、お気遣いなく・・・。
なんちゃって。




Posted by +0 atelier at 18:30│Comments(5)
この記事へのコメント
確かその実話を映画にしたお話が有りましたよね・・・。
『生きてこそ』と言う題名のアメリカ映画だったかな。
チョット違う土地に長期の研修に出かける前に観てしまい、
恐ろしくブルーになったのを憶えています・・・。

高倉健さんの出ていた『人間の証明』も「人肉を食べる」と言う内容があり、
それを観た時のショックを思い出しました。

「何があっても絶対に食べない!!」

もちろんそう言う気持ちですが、人間は極限に立たされると常識を簡単に投げ出す生き物ですから、私も例外ではないかもしれません・・・。

あぁ、でも、でも・・・。
追い詰められても自分は人間として崇高であると信じたいです・・・。
Posted by at 2007年11月27日 19:03
こんばんは。
ネタバレになるので、詳しくは書けないのですが、人の肉と云えば、
スタンリィ・エリンの「特別料理」という短編のことを僕は思い出します。

知ってます?
+0 atelierさんも好きそうな感じですよ。
Posted by もり at 2007年11月27日 22:36
あ、すいません・・・・・。
『人間の証明』では無くて、『野生の証明』だったかもしれません・・・。

うろ覚えですいません・・・・・。
Posted by at 2007年11月27日 23:21
蛍さん、こんにちは。

「人間として崇高である」こと、たしかに。
「人を食べない」とは「自殺」を選択するという状況ですもんね。
こんな世の中ですから「自殺」について
あまり軽々しいことは言えませんが、思想的には、
『動物は自殺しない。人間は自殺「できる」。これこそが人と動物の決定的な違いである』
なんて考え方もあるみたいですから。

一方で、それでもあえて「生」(「聖」?!)を選ぶ力も崇高であるとも言える。どちらも崇高なら生きた方がお得。
かといって、「人を食べる」というのはハードルが高すぎ(笑)。
難しいですね。

うーん、私も「食べない」と誓いつつ、こうやって言い訳を考えて、常識を投げ捨てる派かも(笑)。

ちなみに、「アンデスの聖餐」という映画にもなってるみたいです。
ブラジルのドキュメンタリー映画みたいですから怖そうですけど。

ではでは!
Posted by +0 atelier at 2007年11月28日 10:19
もりさん、こんにちは。

私が「好きそうな感じ」ってどんな感じ?ってところにも
興味ありですが(笑)、スタンリィ・エリンの「特別料理」、
早速読んでみます。
このひと月ほどは読むものも時間もなくて困ってましたから
ちょうどよかったです。
ありがとうございます!

ではでは。
Posted by +0 atelier at 2007年11月28日 10:25
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