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2008年10月09日

宮澤賢治

人は3つの承認で「自分は大丈夫、一人前だ」と自己承認できるそうです。

その3つとは
「親」からの承認、「異性」からの承認、「社会」からの承認
だそうです。
(「ひ弱な国のひ弱なK」勢古浩爾より)

アキバ通り魔事件についての知識人のコメントを集めた本
「アキバ通り魔事件をどう読むか?」(洋泉社)に掲載されていました。

例の犯人は自分を誰からも承認されない人間と決めつけ、
承認要求を求めすぎて無差別殺人にいたったのではないのか?
といった文脈の中で紹介されています。

けれどその3つを十分に得ている人がいったいどれほどいると
いうのかとも著者はいいます。

ほとんどの人間は承認のかけらを大切にし、他人を承認し、
そうして自分なりの世界を築き、かろうじて自分を承認して
いるのではといいます。

うーん、なるほど。
たしかにそうかもしれませんね。

「おいおい、そんなに悩むなよ」と誰かが飲みに誘ったら
何も起こらずにすんだのかな?

この勢古さんという筆者がおもしろいのは
この犯人にだぶらせるように宮澤賢司の友人への手紙を引用されているところ。

「私なんかこのごろは毎日ブリブリ憤ってばかりいます。
 何もしゃくにさわる筈がさっぱりないのですが どうした訳やら
 人のぼんやりした顔を見ると『ええ、ぐづぐづするない』
 いかりがかっと燃えて身体は酒精に入った様な気がします。」

根拠のない我が身の不幸といらだち。
宮澤賢司は「認められないのが当たり前」であることと
「承認のかけら」の両方を知っていたのかな?

(君には私がいるからね。って、あくび?!)



Posted by +0 atelier at 18:30│Comments(0)
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