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2009年10月07日

ようやく

先日から記事にしています新作品を私どものHP
ようやくアップいたしました。ぜひ見てみてくださいね。(こちらからどうぞ

敷地はこのブログでもちょこちょこと登場していました滋賀県。
木造の平屋(うらやましいです!)で、まえの建物に使われていた
梁や建具、黒光りした天井板や、茅葺きにつかわれていたすす竹なんかも
再利用しています。

そんなふうなことで今回は100%PRでした。あしからず(笑)。
(こんな感じです)
  


Posted by +0 atelier at 18:25Comments(0)

2009年10月01日

シマトネリコ

十月桜(ジュウガツザクラ)って知ってます?
冬桜ともいうみたいですけど、春ではなく10月ごろから冬にかけて花が咲くそうです。

先日竣工した滋賀のお宅では、建設会社(京都建設さん)のほがらか社長の提案で
この十月桜を植えましょうということに。
うまく咲けば「お正月を桜を眺めながら迎える」なんてなんだか粋ですよね。

当初は道路に面した植込みに植える予定でしたけど、検討の結果
リビングとそれに続く木製デッキからよく見える庭の真ん中に植えることになりました。
うまく根がつくことを祈るばかりです。

え?じゃぁその道路の植込みに何を植えたのかって?

ええ、それで社長にどんな木がいいのかイメージを聞かれた私は

「なんか、ひゅるひゅるーのふわぁっみたいな感じ」

とオール擬音で返答(笑)。
そんなふうなことで候補に浮かんだのが「シマトネリコ」。
お施主さんの理解もいただき、今現地には真っ白の建物をバックに
「ひゅるひゅるーのふわぁっ」が気持ちよく風にそよいでいるのでした。

(これはシマトネリコのふわぁっの部分)
  


Posted by +0 atelier at 10:14Comments(0)

2009年09月16日

バタバタ

うぅ、全然更新できてなくてスミマセン。
なんだかこのひと月ほどバタバタ走っておりました。

まだ続きそうですがこんな時こそつとめて更新しなくては、
なんて思ってはおります(笑)。けど・・・うぅ、いそがしすぐる!
とりあえずうるめちゃんphotoで・・・。

近々、先日竣工した滋賀の木造新築物件をアップしようと思います。
既存の梁や建具、すす竹なんかも使っていい感じなんですよ。
(あ、いや、ほんと近々のつもりです。photo by うるめもどき)
  


Posted by +0 atelier at 19:04Comments(0)

2009年08月10日

漢字事故

「紀元前に生まれた古い文字で、現在まで使われているのは漢字だけなんです。
 エジプト文字も、メソポタミアの文字も滅びました」

「人間と文字」というモリサワのカレンダーを制作するにあたり、世界中の言葉を
時代を追ってみた時の感想を問われた田中一光氏の言葉でした。(『IDEA』No.252 誠文堂新光社)
田中一光氏はグラフィックデザイナー。
ロフトのシンボルマークなんかもデザインしているみたいですね。

で、氏によると漢字は最小でも4000字あって、画数も多くて覚えにくい。
一方アルファベットは現在26文字で簡単だからコンピューターの時代になれば
漢字も滅びるだろうといわれていたそうです。
ところが現実はそうではなくて、実際はコンピューターの頭がよくて漢字を全部呑み込んで
しまったとかそんなふうなことでした。

まぁ「だから漢字は残ってるんだ」とまでは言えないと思いますが(笑)、
複雑な象形文字みたいな漢字の存続を科学技術の進歩がある意味で支えているとは言えそうですね。
そうやって見まわしてみると科学の進歩はホント色々なところで活躍してますね。
でもいいことばかりでもない。こういう話しになると原爆を発明したアインシュタインは
どうなのよ?といった話題がすぐにのぼります。
ポール・ヴィリリオは新しい技術が生まれると、同時に新しい事故が生まれるって言うくらい。
うーん、難しい問題です。

いやでもね、コンピューターに呑み込まれた漢字が起こす事故ってどんなの?

あ、同音異語が氾濫して訳わかんなくなるとか?

いや、なんか違うか(笑)。

(photo by うるめもどき)
  


Posted by +0 atelier at 13:18Comments(2)

2009年07月23日

366日

皆さん日蝕見ました?
京都はくもりでしたが一応それらしい時間に見上げてみると
流れる雲の切れ間から少しだけ見えましたよ。
なんかいいもんですね。

テレビをつけるとやはり中継番組をやってます。
中継地点はまっくら(笑)。
「わぁー昼間なのに夜みたい!」
まったくその通り。

一方で動物の反応も各地で撮影されてましたね。
動物たちは本気で夜向けの行動を始めてました。

そこでふと素朴に思う。

動物たちにしてみれば暗くなったらそれは夜。
一方人間は暗くなっても昼間は昼間。
つまり昼間ってことを「時間」で考えてるんですね。

え?あたりまえなこと言うなって(笑)?

でもね、人と動物って同じいきものなんだけど、なんかちがうんだなぁとか
そんなふうなことを考えてしまいましたよ。

やっぱ人間ってすごい(笑)。

(夜が一回多いから動物たちは1年366日ですね(笑)。)
  


Posted by +0 atelier at 12:00Comments(0)

2009年07月16日

フクピカで

最近は監理のために現場へ行くとやたらと疲れる(笑)。
少し前まではそうでもなかったのに、これは運動不足かはたまた歳か?

これはいかんなぁと、ずっと乗ってなかったマウンテンバイクをひっぱりだしてきました。

買ったのはもう十数年前。
当時はよく走りました。裏山を散策したり、彼女(現在の妻です)と二人で電車で運んで
見知らぬ街を走ってみたりと、ホント元気でしたね。

細かなところが錆びてますが、とりあえずボロきれとフクピカ(車を拭くやつ)で磨いてみる。
で、当時からハンドル位置が前すぎてしんどかったので、お店で部品を交換して、
さらにサドルを出来るだけ前によせると体形にぴったり。めちゃくちゃ楽になりました(笑)。

ついでにタイヤをブロックタイプからセンターのみスリックのものに交換すると街中でもスイスイ。

え?あんまり楽すぎると運動不足解消にならないんじゃないかって?

てへへ。ま、そこは大目に見てやって下さい(笑)。

(今度これ輪行して現場行ってみるかな。いや、疲れて仕事にならんからやめとこ(笑))
  


Posted by +0 atelier at 12:00Comments(0)

2009年07月02日

イチローとかけて

マリナーズのイチローが好調みたいですね。
2001年当時の打撃コーチ、ジェラルド・ペリーによれば
イチローは5種類ものスイングを使い分けているそうです。

1.軽くたたいて左に流す「スラップ」、
2.意識的にボールの下をたたいてセンター前に落とす「ストローク」、
3.野手のいないところへ力をこめてシュートする「スラム」、
4.腕だけでコントロールしてボールを運ぶ「クリスエバート・バックハンド」、
5.難しいストライクを右にはねのけてファウルにする「スポイル」
の5種類。

ただ、「どうしてこんなことができるのかわからない」そうです(笑)。
つまりどうやって瞬時に判断し、使い分けるのか?

そこで、社会学者の大澤真幸は『イチローの三振する技術』(青土社)の中で、
上記のようなことや様々なエピソードを紹介しながら、おもしろい考察をしています。

あるときイチローはストレートを待っていた。
カーブやスライダーや「他なる可能性」が無数にある中でストレートだと決めて待っている。
次にピッチャーがボールを投げた瞬間、イチローはストレートのタイミングでバットを振り出した。
しかしその時投げられた球はカーブ!
振り出しが早すぎる!
このままではバットは空を切り、三振である。
しかし次の瞬間、NHKのスローモーションカメラはイチローの信じられない動きを記録している。
バットを振り出したイチローの動作が一瞬止まるのである。
と同時にほんのわずか後ろにのけぞるように身体が動く。
こうして調整されたスイングは、実際カーブに合わされ、センター前ヒットになったといいます。

おもしろいのはここから。

著者の大澤真幸はこれを、「潜在的な現実を、顕在的な世界へともたらす魔術」だとして
ヘーゲルの言葉を引用します。

「本当の可能性は現実化することでしか示しえない」

事前にストレートと決めていたにもかかわらず潜在的に潜んでいた可能性のカーブ。
逆に、「ああすればよかった」などという事後的な可能性でもない。
イチローは「本当の可能性」をストレートだと決めてかかる「眼差し」の中から
瞬時に生み出すとかそんなふうなことでした。

なんだかすごいですね。

そこで、突然ですがなぞ掛けなんぞをひとつ(笑)。

「イチローとかけて、ヘーゲルと解く。
 その心は?
 瞬間の可能性が全てでしょう」

おや?お後がよろしくないようで(笑)。

(あ、でもWBCの時は使えなかったんでしょうね、その「魔術」(!?)。)
  


Posted by +0 atelier at 12:01Comments(2)

2009年06月10日

『廃墟建築士』

小説はあまり買わない。
けれど先日なんとなく買ってしまった(笑)。

『廃墟建築士』(三崎亜記 集英社)。

建物をめぐる奇妙な物語が4つ納められた短編集です。
作者は建築関係の方でもなんでもなく、文学部出身の作家さんです。
(って、なんだか著名な方みたいですね、知らなかったのは私だけ(笑)?)

4つの物語の内の1つが「廃墟建築士」という物語です。
あまり内容を書くとネタバレになるので控えめにしますが、
廃墟を設計、建築するという廃墟建築士というのはもちろん架空の職業です。

ですが、私にはそれがどうしても架空の仕事には思えない(笑)。

なぜか?

ごくごく大雑把な説明をしますと、「建築」をめぐる言説の中にはこんなものがあります。

「建築はさまざまな条件、予測、提案等プロセスを経るけれど、いつまでも
 プロセスに浸っていることは出来ない。いつかは「切断」して「形」に
 とどめなければならない瞬間がある(作家主義的切断)。
 つまり完成はある意味で仮であり、と同時に「死」でもある」

ここで「死」とは建築的には何か?
そうです、「廃墟」に他なりません(笑)。

そこで『廃墟建築士』です(笑)。
もちろん作者はそんなふうなことはまったく意識していないでしょうし、
物語が伝えんとするところもまったくちがうところにあります。

けれどワタクシとしては、主人公が延々と廃墟を作るというその設定が
なにか象徴的なできごとのように思えて久しぶりに楽しく(?!)読めたのでした(笑)。

もちろんそんなの抜きにしても、非現実をエッセンスにしたやさしくて
おもしろい物語ですので興味のある方はどうぞ。

あ、でもこんなことを書いてると建築家はみんな「廃墟」を作っているのか
なんて思われそうですけど、もちろんそんなことはありません(笑)。

(でもね、建築的には本当は難しくて本質的なテーマなんですよ、「切断」って。)
  


Posted by +0 atelier at 22:10Comments(2)

2009年05月28日

ローライフレックス

わたくしごとなのですが、現在、滋賀県に監理中の
現場が1つありまして、それがもうとにかくいい感じの
ところでして、いつか写真を撮ろうと決めていたわけです(笑)。

で先日、監理に行ったついでに1時間ほどぶらっと撮りましたよ。

カメラはこれ。

学生の時、中古で10万で購入したローライフレックス。以来、現役の愛機。
ちなみに手前に写ってる小さいのは露出計。
このカメラでは露出計なんてまだ内蔵されてませんでした(笑)。

で、撮った写真がこんな感じ。
6×6版といって正方形の写真になります。





田んぼの中の小さな小屋と木。
これを見つけた時、この辺りを撮りたくなったのでした。

そんなふうなことで、写真についてはしばらくはこのシリーズが続く
ことになりそうです。

あ、でも今まで通り(?!)猫のうるめちゃんフォトも挟みます(笑)。
(むしろそっちが本命かも!?)  


Posted by +0 atelier at 17:29Comments(4)

2009年05月16日

聞こえない音

レッシグの『CODE』という本に、
人を動かすパワーには4種類あると書かれているそうです。
いや、私は読んだことないのですが(笑)その4つとは、
法、規範、市場、そして環境(アーキテクチャ)だそうです。

批評家の東浩紀氏によると、これまで伝統的にこの「法」をベースとしてきた権力が
現代では4つ目の「環境」へとその基盤を移行しているのではないかといいます。
(『自由を考える』(NHKブックス)より)

なんだか難しそうですが、いえいえ、そうでもなさそうですよ。
わかりやすい例えが書かれています。

それがマクドナルドのイス。
マクドナルドのイスは硬くできている。
(あ、この本は2003年に書かれています。今はソファなんかも置いてますね(笑)。)
硬く出来ていて、まぁ居心地がいい訳ではないので10分で食事をすまして出ていく。
硬いイスには誰もギモンを持ちません。
だって、考えたって仕方がないですよね、そんなこと(笑)。
だから誰に命令される訳でもなく、自発的に何かに動かされて出ていく。

「環境」が権力となり、人の動きを決定する。
「環境管理型権力」とかそんなふうなことでした。

ちなみに、私としては建築(アーキテクチャ!?)を志すものとして
実は卒業したころからこういった問題にひそかに悩まされてきた訳ですが、
立場的には難しい問題なんですよ、これ(笑)。

で、そう言えば最近、コンビニで若者のたむろ撃退用の
「若者にしか聞こえない不快音」が流されてるなんてニュースがありましたね(笑)。

なんだか家畜をあつかうような話しですが、
あれが誰のギモンも持たなくなったとき、なんだか恐くないですか?

誰に命令されるわけでもなく、自発的に退散する。
はたしてそれは自由なのか不自由なのか・・・。

(今日は雨。でも我が家の都忘れは元気に咲いております。)
  


Posted by +0 atelier at 14:33Comments(2)

2009年05月01日

消滅の美学

“速度”の思想家ポール・ヴィリリオが『電脳世界』(本間邦雄・訳 産業図書)で
こんな事を書いています。

「輸送革命の登場と同時並行的に考えられる十九世紀のもうひとつの
 大きな断裂は、出現の美学のあとを継ぐ消滅の美学の登場です」

ここで、「出現の美学」とは彫刻や絵画をさします。
一方、「消滅の美学」とは映画をさしています。

出現の美学が彫刻や絵画っていうのはなんとなくわかる感じがしません(笑)?
四角い(かどうかわかりませんが)大理石を削り出して彫刻が出現し、
真っ白の画布にフォルムが出現する。

では映画が消滅の美学って?

映画は1秒間24コマの映像からなります。
映像が動いていくのを見るためには、網膜上の存続がなければなりません。
つまり、映画はもはや網膜の残像しかないわけですね。

そんなふうなことで映画は「消滅の美学」となる。

「知覚に革命的な変化をおこし、美学を全面的に変えることになるのは、
 たんに映像への移し変えの問題ではなく、むしろ瞬間写真の撮影の速度」なのである。

10年前に訳されたこの本、今読み返しても実に詩的。

(わたしも詩的? photo by うるめもどき)
  


Posted by +0 atelier at 17:18Comments(2)

2009年04月23日

フセン

先日、母校である近畿大学へ行った時のこと。

去年念願だった雑誌に私の作品が掲載され、
うれしくてそれをゼミの先生に報告しようとお伺いする機会を
ねらっていたのですが、それが今頃になってしまっているわけです。

先生はまったくおかわりなく(笑)、雑誌のことも以前メールで報告して
いたものですから今更そんな話にもなりません。

ただ、隣の部屋に今年のゼミ生が二人いるとのことで紹介してもらいました。
すると、その内の一人が模型でなにやら考え事をされている。
おもしろそうなので声をかけてみると、非常に誠実に答えてもらって恐縮。

さらにその彼は、気をつかってくれたんでしょうね、私に
「設計事務所をされているんですか?作品はHPで見れますか?」
とたずねてくれました。

普段学生と話すことのない私はうれしくなり、
早速、雑誌に載ったことを少々自慢げに(笑)話し、皆でみてもらうことに。

「えー、ゼミの先輩で『住宅特集』(雑誌の名前です)に載ってる人が
 いるんやったら先生教えてくれてもいいのに・・・。」

と、つぶやくゼミ生。

けれど本棚から探して見つけたその雑誌には、
ひっそりと私のページにフセンをつけてくれていたのでした。

うれしいです、と正直に先生に言うと、

「そんなことでそんなん言われてもわしゃ知らん」

と、むこうを向かれた先生なのでした(笑)。

(あさっての土曜日、我が家がテレビに出ます!見てね。)
  


Posted by +0 atelier at 16:38Comments(0)

2009年04月10日

悲しい音楽

なぜなのかわかりませんが、「あぁ、この曲いいなぁ」
と思った曲が悲しい曲だったってことありません?

私は結構あります(笑)。
でも別に悲しくなりたいわけでもなく、またその時が悲しかったわけでもない。
以前からどうしてそういう曲の方が好きなのかとギモンはあったわけです。

誰だって楽しく生きたいのになんでわざわざ悲しい音楽を好きになるのか。

で、先日読んだ本におもしろいことが書いてありました。
なんか手がかりになりそうな、そんなふうなことです。

それは「メランコリー」についての解説文でした。
社会学者の大澤真幸がフロイトによるメランコリーの記述を解説しています。

「普通の悲哀は、もともと現実に所有していたものを喪失したときに引き起こされる。
 それに対して、メランコリーは(一部略)初めから所有していなかったものへの喪失感」である。
 (「二人の天使」大澤真幸 青土社より)

つまりメランコリーとは「そもそも所有不可能なものの喪失感である」ってことですね。

この「所有不可能なも」がフロイトによる「根源的なのも」に対応しているところが
興味深いのではありますが、おもしろいのはここから。

メランコリーにおいては何が失われたのかはっきりわからないけど、
喪失を通して「それ」と「関係できた」のであり、
いわば喪失だけが「それ(根源的なもの?)」を「所有できる」唯一の方法であるというのです。

ん?喪失して所有?しかも「根源的な何か」を?
・・・頭がいたくなりそうですね。

いやでもね、悲しい音楽を聴くたびに訪れるメランコリー。
その時、人が「根源的な何か」を手にいれてるとしたら・・・。

そりゃ、その悲しい音楽、好きにならずニャいられんでしょ?

(根源的ってなに?)
  


Posted by +0 atelier at 17:34Comments(6)

2009年04月01日

「住人十色」

ずいぶんと前のこと。
去年の5月頃だったでしょうか。

MBSテレビの方から突然電話をいただき、
雑誌「古民家スタイル」を見て電話をしたと言われたその方は
「お宅を撮影させていただけませんか?」
と、とても丁寧に話されたのでした。

話を伺うと土曜の夕方五時の番組「住人十色」で紹介する物件を
探しているとのこと。(番組HPはこちら)
町家物件をお探しとのことで我が家の電話がなったのでした(笑)。

で、先週、撮影が終了。
30分で1物件紹介する番組なのですが、撮影は丸2日間。
番組作りって時間にコストに手間にと大変なのですね。

現場でこんなクレーンみたいなのもささっと組まれます。すごっ。


カメラはこんなんでした。これでハイビジョンだそうです。すごっ。


右の人がディレクターさん。
ぼーっと立ってるように写ってますが(笑)、いえいえ、視線の先を見て下さい。
厳しくモニターをチェックされているところです。こわっ(笑)。

それにしてもあっという間の2日間でした。
スタッフの皆さんは楽しい方ばかりでしたし、
レポーターをされた宮地眞理子さんはめちゃきれいでしたし。
でも私と家内はきっとぎこちなく映っていることでしょう(笑)。

そうそう、放送日。
4月の25日だそうです。とおっ。
なのでまた近づいたら告知します。
見てね。  


Posted by +0 atelier at 18:33Comments(14)

2009年03月17日

趣味悠々

NHKの「趣味悠々」って番組ご存知ですか?

結構みなさんご存知みたいですけど、
先月から「点前を楽しむ」と題してお茶の世界が
紹介されているのをご存知でしょうか?

立ち振る舞いや、客としての作法など基本的なところも
順に紹介されています。

で、なんでそんなことをこのブログで取り上げているのか?
ですよね。

ご存知の通り趣味悠々ではそれ用のテキスト本があります。
で、ひょんなことからそのテキストの編集協力をうちの家内が
させていただいていたのです。

テキストの奥付をみるとしっかりと家内の名前が・・・(笑)。

あらまぁ。
身内のことながらあっぱれでございます。

ですが明日の放送とあわせて残りはあと2回。
もっと早く紹介するべきでしたがなかなか更新できませんでした。
家内よ、許しておくんなまし。

ですがこのテキスト、膨大な写真で細かく所作が紹介されています。
そんなふうなことで、初心者の方からすでにご存知の方の確認用としても
役に立つはず(?!)。

はじめてみませんか?
そう、軽ーい気持ちで(笑)。

(これがそのテキスト。数が少なくなってるそうですよ。お早めに)
  


Posted by +0 atelier at 18:31Comments(8)

2009年02月27日

They'er us.

ショッピングモールに象徴される消費主義批判を描いた映画は?

なこと聞かれても、そんなかたい映画知らないよって?
でもね、この映画は知ってるでしょ?

その映画とは「ゾンビ」“Dawn of the Dead”。
そう、あの怖ーいゾンビです。

監督のジョージ・ロメロもそう語っているそうなんですが、
この映画はゾンビたちが死してなお「消費生活」を謳歌した最良の日を求めて無意識に
ショッピングモールへ押し寄せてくるといった物語で消費主義を批判しているそうです。
(『ショッピングモールの法哲学 「市場」と「共同体」再考』谷口功一 講談社より)

おもしろいのはここから。
スティーヴン・ハーパー メディア博士によると、
この批判的な視点の対象はなにも押し寄せるゾンビだけではないそうです。
生き残った人たちも批判の対象です。
なぜなら、彼ら主人公たちが立て籠る場所もまた郊外のショッピングモール。
食料品や衣料、銃や紙幣にいたるまで物を崇拝する主人公たちもまたゾンビ化した
存在とかそんなふうなことでした(笑)。

あれ、じゃあ私も、いや、あなたもゾンビってこと?(笑)

生き残りの主人公がゾンビたちを見てつぶやくそうです。

「奴らは、俺達と一緒なんだ」(“They'er us.”)

えぇー!
ゾンビとだけは呼ばれたくないですからね(笑)。
ほどほどに。

(ガォーガォー・・・。)
  


Posted by +0 atelier at 18:30Comments(0)

2009年02月16日

都会でこそ?

「ラウンドトゥが好き。」

これを聞いてピンときた人いますか?
ピンときたあなた、「森ガール」だったんですね(笑)。

「森ガール」とは「森にいそうな」ファッション、ライフスタイルを
提案する20代前半の文化系女子。2006年に出来たmixiのコミュニティーのひとつです。

で、先日本屋をうろうろしていると、
「森ガール」がとうとう一冊にまとめられているのを発見(笑)。

mixiはいわばゲーテッドシティなのであまり興味はないのですが、
これを見た24000人(!)といわれる会員の方は
「あーぁ、出ちゃったよ」とがっかりしたのか、
それとも「やだ、注目されちゃう!」と喜んだのかどっちなんだろうとか
そんなふうなことを思ってしまいました(笑)。

その本とは「Spoon.」の別冊だったわけですが、
中には森の中で撮った、森ガールファッションを身にまとった蒼井優さんの
スナップが沢山載っています。

でもなんだか妙に違和感がある。
いや、そのファッション自体はかわいいのですが、なんか違う。

なぜなぜと考えてみるとなんとなくわかったような気が。
それは背景がまさに「森」だからなのでは?

いや、「森ガール」なんだから「森」で撮って当然でしょと言われればそうなんですが、
森ガールの核心は「森にいそうだね」と言われながらも「都会」にいるアンニュイなのでは?

都会でこそ美しいフォレストガール。
違ってたらごめんなさい(笑)。

(ちなみに「ハチクロのはぐちゃんは森ガール」だそうです(笑)「そう?」)
  


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2009年01月30日

くちばし

「カラスが築いた文明があったとして、進化した生物は
 すべからく鋭いくちばしを持つ、というようなものね」
          (「虐殺器官」伊藤計劃 早川書房より)

先日読んだSFです。
主人公はターゲットの愛人と会話を楽しんでいる。
生物が進化すればすべからく言葉を持つようになると考えるのは
人間の思い上がり。
そんなふうなことを例えた愛人のセリフです。

なんかかっこよくないですか(笑)?

思考は言語に規定されるのか、
それとも言語は思考の一部にしかすぎないのか?

物語の中の愛人は後者であるとして、言葉は人の「器官」であるといいます。
たしかに言葉自体を普段は意識しないですもんね。

そこで、先日のユリイカ 総特集「初音ミク」(青土社)を思い出しました(笑)。

皆さんボーカロイドって知ってます?
音楽ソフト(?)なんですが、言葉を打ち込むとその通り人工音声で歌ってくれます。
有名なのが「初音ミク」。
で、その打ち込みをすると気付くそうです。
「知ってる」の小さな「っ」が「無音」だということに。
ですから「しって」ではなく「し(無音)て」と打ち込むそうです(笑)。

その他にも人が普段話したり歌ったりする時には同じ言葉でも
非常に多くの微妙な変化を無意識におこなっていることに気付くそうです。

うーん、たしかに無意識の度合いは「器官級」かもね(!?)。

(新築作品、竣工しました!HPも是非!撮影:平井美行)

  


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2009年01月06日

再度・サイド・サイード

「世界中に民族は約3000、言語は約5000あると言われています。
 でも国の数は200しかありません。どう考えても、各民族の自決、
 分離独立は不可能です。」
         (「まんが パレスチナ問題」講談社現代新書より)

以前こんな引用をいれました。(その記事はこちら)

楽しい記事をと思ってみたのですがどこのニュースもトップはイスラエルの空爆。
なので再度引っぱってみました。

にしても、年があけたくらいでは何もかわりませんね。

少し前、築地から外国人観光客がしめ出されたなんてニュースがありましたね。
あれを見るとイスラエルとパレスチナは壁をとってごちゃ混ぜに暮らせなんて
言う資格ないなぁなんて、そんなふうなことを思い出してしまいました。

いかん。
また暗ーい感じになってしまった。

でも上の引用文。結構言い当ててる様な気がして好きなんですけどね。

次回こそは明るい話題で!
  


Posted by +0 atelier at 12:12Comments(0)

2009年01月02日

白い息

いただいた年賀状のいくつかに
「ブログ見てますよ」のありがたいひと言。

うっ、かれこれひと月以上ほったらかしなのに!ごめんなさい!

というわけで新年早々お詫びから始まってしまいましたが、
皆さま2009年のお正月、いかがお過ごしでしょうか?

築80年の我が家の朝はおそろしく寒く、朝なかなかふとんから出られません。
そんな中いつもそばで寝ているはずのうるめちゃん(うちの猫)がいません。
おや?
気になって居間におりてみると縁側にひとり佇んでおられました。
見ると大きなあくびをひとつ。
うるめのあくびはふわりと小さな白い息になってゆっくりと消えていくのでした。

なんか幸せ。

今年も皆さまにとって最高の一年となりますように。

(うちの年賀状。写真はこの1月竣工の2つ目の作品なのですよ)
  


Posted by +0 atelier at 13:32Comments(0)