async
少し前、家内が久々にCDを買った。
坂本龍一の「async」(アシンク)。
で、東京のギャラリーではこの新しいアルバムに合わせた展覧会が催されていて、観に行ってきた訳ですが、その時のお話し。
マリオ・ボッタのデザインした美術館というのもあって、展示はかなり前衛的な雰囲気が漂い、まさにアルバムに収められた音楽の世界。
真っ暗な部屋にアルバム「async」がずっと流されていて、それに合わせた前衛的な映像が壁いっぱいに投影されています。
訪れた人はその小さな部屋に並べられた椅子に座り、坂本龍一の音楽を聞きながらその前衛的な映像を眺める。
いや、良かったんですよ、なんだか日常ではない感じというか、芸術に触れて過ごす休日というか。。。
だけど、なーんか引っ掛かる。
素直に「いやはや無理して来て正解だったねぇ!」なんて感じにならない(笑)。
数十人がぎゅうぎゅう詰めにされて座りながらも、じっと音楽と映像に集中する様が、どこか宗教じみていたからか?
いや、もともと音楽だけで純粋に楽しめる、完成されたものだけに、映像が付け加えられた、余分なもののように感じられたからか?
会場を出たあと家内とあーだこーだと討論していたわけですが、そこでふと家内がひとこと。
「でもま、東博(トーハク)見たあとやし、しょうがないかもね(笑)」
東博とは東京国立博物館。
そうです、この「async」の展覧会の前に我々はトーハクで茶道具の展覧会を見ていたのでした。
そこには有名な茶碗や茶杓や、とにかくそうそうたるお道具がずっら〜と。
「おぉ、もしやこれは教科書にのってるやつと違うんか?!」
いや、めずらしいものを見れてうれしいとかじゃないんです。
やっぱりそういうものは実際に見ると凄みがあるんですね。
そういう凄みがひしひしと伝わって来る。
だてに国宝とか言うてない、実にすごい(あたりまえ?!)。
茶杓なんて決まった形なんだからどれもそんなに違いがあるはずがない。
でもなんとも言えないボリュームというか、ラインというか、惹きつけるものがある。。。
信じられん。。。
迫力というか、本物というか。。。
そんなふうなことで今から思えば見る順番、逆にすれば良かったね、なんてオチがついたのでした。
あ、「async」は良いんですよ!
電車の中で聴くのがお気に入りです。